福岡の中2の少年が自殺した事件。
少年の両親が学校側に祭壇前で叫ぶ映像や、
校長が記者会見する映像を見て、
中学校に対するいじめの構図があると感じたのは、私だけだろうか。
自殺した生徒に対するいじめでなく、
中学校の教諭、校長に対するいじめの構造である。
このうち両親が学校側に叫ぶ映像については、
親が自殺した我が子を思うあまりに生じた叫びだと思えなくもない。
しかし、報道機関に対する校長の記者会見の映像については、特に強くいじめの構造を感じた。
弱点を見つけてここぞとばかりにたたく、構造。
今、日本中が、あの中学をいじめている。
校長は、自殺した男子生徒の家で、
遺族に対して「教諭のいじめ発言は自殺に結びついている」と説明した。
しかしこの時、校長は、祭壇の前で、多数の報道機関、遺族に囲まれている。
ああ説明するしかない状況に追い込まれていたように、見えた。
その後の記者会見で、校長は、因果関係について再調査が必要、
遺族の前での発言は「冷静さを欠いてしま」ったものと釈明。
この事が「発言を撤回」したかのように報道されているが、
私には、これら校長の発言はどれも致し方ないように見えたのだ。
あくまで報道を見ての感想ではあるが。
また、この記者会見で、記者が、校長が遺族の前でした説明について、
言葉じりをとらえて、質問するのである。
枝葉末節をとらえた、非常にいやらしい、弱者への質問である。
あのような報道のされ方をした校長は、はたして今後も校長を続けられるだろうか。
全国ネットで、親から罵声を浴びせられ、
マスコミからは、罪人のように扱われたあとで、
はたして生徒の前で校長としてふるまえるのだろうか。
学校は、多数の発展途上の青少年の集合体である。
そのまま報道することで、
今後学校が行おうとする教育に悪影響を及ぼす可能性がある。
他校での、新たないじめによる自殺者の呼び水にもなりうる。
いじめを誘発したであろう教諭や校長に
教育する資格があるのか、という意見もあろうが、それは別の問題だ。
学校関連の報道は、
他の報道とは違う何らかの配慮が必要だと思う。 