2006-09-07 Thu
あり余る「生」を見捨て、「死」に急ぐ人たち

山口高専生殺害事件で、容疑者の男子学生が自殺した

亡くなった女子学生のご遺族の、「殺された理由が知りたい」発言を聞いてなんとなく違和感。
知りたいものなのだろうか。
別に、非難しているわけではない。ただ違和感を感じただけ。

なぜ殺したのか具体的には分からないけど、
結局は、少年の気持ちに少女が答えることができなかったからだろう。

亡くなってしまった今、具体的な理由を知りたいものなのかな。
私だったら娘が亡くなった今、それ以上追及する気が起こらない気がして。

少女にに対する気持ちを死をもって表現するためか、
少女を殺した自分が許せないからか、
はたまた、周囲に顔向けできないからか、少年は自殺してしまった。

自分の感情の行き場がなくなったとき、
自分や他人の「死」に救いを求める事件が増えてる。


戦争のとき否が応でも向きあわされた死。
平和になると、逆に自分から、死に向かう人が増えるものなのだろうか。

合掌。                     ranking

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この記事のコメント
[ ]
『戦争のとき否が応でも向きあわされた死。
平和になると、逆に自分から、死に向かう人が増えるものなのでしょうか。』

平和な国・時代のほうが自殺者は多いそうです。
昔そう習いました。
平和ではない国・時代では生きるのに必死で死ぬことを
考える余裕がないのだとか・・・

ランキング応援させてもらいます<(_ _)>
2006-09-08 Fri 12:12 | URL | なんとか生きてます #-[ 内容変更]
[ ]
コメントありがとうございます。
無意味な死をなくすために平和な世の中をみんなで目指したはずなのに、
いざ平和になってみると、死ぬことを考える余裕が出てきてしまうなんて、とても悲しいことですね。
2006-09-09 Sat 01:51 | URL | ミヤ子ドリ #FBmeRYGU[ 内容変更]
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